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女には向かない職業 P.D.ジェイムズ [本]

この間、綾辻行人「水車館の殺人」の感想で、この作品のトリックに感嘆しながらも、

たった一つの不満は、館の主人のうら若き妻の描写だ。震えたり、怯えたり、倒れたり。1980年代の女としてはありえない、古いタイプの女性。まるで「塔の中に閉じ込められた姫君」だ。


と書いた。そして、「私の好みではない」とも。

確かにね、私だって、目の前で「人が殺される」「バラバラ死体」「燃える死体」などという惨劇が繰り返されたら、震えたり、怯えたり、気絶して倒れたりするかもしれない(いや、気絶はしないかも)。それでも、建前としては、どんな時にも自分を見失わない強さのある女でいたい、などと思うのだ。

それでこの小説を思い出した。


女には向かない職業 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

女には向かない職業 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: P.D.ジェイムズ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1987/09/01
  • メディア: 文庫



主人公のコーデリア・グレイは、22歳。探偵事務所の共同経営者となって数ヶ月で所長のバーティが自殺したため、一人で探偵事務所を回して行くことになる。

その最初の事件は、息子の自殺の理由を調べて欲しいというもの。コーデリアは、マークの自殺前の生活を探りに、ケンブリッジ大学へ赴く。

一人の若者の生活を探る中で、彼の恋愛関係について聞き込みをしたり、部屋に落ちていたポルノチックな写真をつまみ上げたり、彼の性癖について考察したり、探偵がやるべきことを淡々とこなしていくコーデリア。

生まれて間もなく母が亡くなったことや、修道院で育ったこと、父とその仲間がコミュニストで、そのグループの小間使いのような役割を担わされて大学に行けなかったこと。そんな生い立ちのせいか、コーデリアの言動は冷静で、誰に対しても馴れ合うことなく、どこか乾いている。

何者かに古井戸に落とされる場面は、この小説のクライマックス。
泣くことも叫ぶこともせず、ひたすらに冷たい井戸の壁に足がかりを探し、自分の力で這い上がって行く。(「リング」の貞子みたい〜、などと言う冗談は、この際KYの極みである。)

この場面のコーデリアの健気さ、ひたむきさが、コーデリア・グレイをミステリー界有数のヒロインにし、「女には向かない職業」を古典にしたと言えるだろう。

文庫の解説の瀬戸川猛資氏は、「コーデリア」と言うシェイクスピアの物語に登場する名前と相まって、この場面を「塔の中に幽閉された姫君の図」と呼び賞賛している。

同じ「塔の中に閉じ込められた姫君」であるなら、私は断然コーデリアが好きなのである。若く美しく可憐なヒロインが、過酷な状況に陥れられても自分の身体と頭脳でひたむきにその状況に立ち向かって行く。怯えたり、気絶している場合じゃないのだ。

コーデリアがたった一度、感情を爆発させ泣きじゃくる場面は、だからこそ、彼女を抱きしめたいくらい感情移入させられてしまう。

題名の「女には向かない職業」のわけは、人間の卑猥さを目の当たりにすることや、このような身体的な過酷さすら乗り越えたコーデリアが、犯人と対峙したときに起こす感情の流れにあるような気がする。

1972年の作品。


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