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カズオ・イシグロ「日の名残」 [本]

小説も映画も好きな作品。それに、この作品には、ちょっとした思い出がある。

まず、小説を読んだ。1992年頃だったと思う。物語は、WW2直前の時期のイギリスの貴族に仕えた執事の回想である。その貴族は、WW1以降インフレに悩むドイツへの純粋な同情心から、結果としてナチスの協力者となってしまう。終戦後は国民からの非難と失意の中で亡くなった。

執事は、自分の仕事に熱心で、自分の主人の思想に疑問も抱かず、また、同僚の家政婦ミス・ケントンとの淡い恋も逃してしまう。彼は、晩年になって、自分の人生を振り返りつつ、今は人妻となったミス・ケントンに会いに、古い車に乗って旅に出るのである。

旅をしながら、英国貴族として申し分ない人物だった主人、その主人がナチスを屋敷でもてなし、自分はそれを一世一代の大仕事として満足感とともにこなしたことなどを思い出す。

その仕事の最中に、ミス・ケントンの遠回しの告白を受けながら、それどころではなく冷たい対応をしたために、ミス・ケントンは去って行った。

仕事一筋だった人生は、今は苦い思い出となっているのである。

何かを期待して会いに行ったミス・ケントンとも、思い出を語り合うのみ。人生の落日の時、彼は今まで通り孤独であることを思いながら、また仕事へ戻っていく。

***

その翌年、ロンドンに行った時、ちょうど映画「日の名残」を上映中だったのだ。なんという偶然。神様のお導きのような気がして、大喜びで見に行った。当時、ロンドンの映画館は、料金が2種類あった。その高い方のチケットを買って、全部英語、字幕無し、の「日の名残」を観た。

私は、昔も今も英語は苦手である。それでも、原作を愛読していたおかげで、ストーリーや微妙な感情表現は全部理解できたように思う。

そんなこともあって、小説類を大幅に処分した時も、「日の名残」は残しておいた。

その20数年後、作者のカズオ・イシグロがノーベル賞を受賞した時、「日の名残」は文庫本になっていて、飛ぶように売れていた。

私は埃臭いハードカヴァーの「日の名残」を取り出して、くしゃみをしながら再読した。(アレルギーなのか、古い本を開くと必ずくしゃみの連続。苦手である。)

この本を熱心に読んだ頃は若かったから、自分が年老いた時、主人公の執事のような苦い後悔などするはずがないと思っていた。後悔のないように生きたい、などと意気込んで。

でも、30年近い時が過ぎた今は、やはり私も...という思いがいっぱいである。



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雑草よ、去れ! [ブログ]

今日もガーデニング。
ガーデニングというと聞こえは良いが、やっていることはほぼ「草むしり」。抜いてしまうのが惜しいような草花は、別にスペースを作って移植。その繰り返し。花を摘んだり、水をやったり、庭の配色を考えたり、インスタ映えを気にしたり、というオシャレなガーデニングまで、あと何年かかるだろうか。

その頃私は、自然素材のワンピースにカッコイイ長靴を履き、ポケットがたくさんついたエプロンをして、1日の大半を庭で過ごす予定だ。(ターシャ・チューダーを思い浮かべていただきたい。)

テラスに日除けを作って、椅子を置く。タブレットをいじれる机も欲しい。犬を飼うのも良い。シバ犬が好きだが、元気が良すぎると散歩の時大変だから、もっと小さな愛玩犬が良いかもしれぬ。

なんてね、夢、夢。

多分、ズ〜っと、雑草を引っこ抜く作業を繰り返しているのだろう。ターシャは、雑草はどうしていたのだろうか。写真では広い庭いっぱい、美しい花が咲き乱れているが。外国では雑草は生えないのだろうか。

このところ、風が強い。デニム生地のダボっとしたシャツを着て、髪を振り乱しながら、ひたすら雑草を抜いている。今までどれだけほったらかしにしてきたか、ということだ。サボった報いが、今来ているという感じ。

それでも今は雑草に救われている。疫病よ、早く去れ!と、心の中で呟きながら、雑草に八つ当たりできるのだから。


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カラスに攻撃された話 [歩く]

毎朝、鶯の声で目覚める。ここは天国かしら、と思いつつ、目を覚ますと我が家の変わりばえのしない寝室なのでため息をつくのだが、とにかく、住宅地のど真ん中にもかかわらず、今年は鶯が毎日のように来て鳴くのだ。

以前、烏が縄張りにしていた時は、うぐいすの声を聞くことはなかった。烏は、ゴミの日にはゴミにかけてあるネットを巧妙にめくってビニールに穴をあけて散らかす。本当に困ったものだった。そのからすが、今はほとんどいなくなり、そのかわりに鶯。

烏がいなくなったのはうれしいが、一体どこに行ってしまったのだろう。新しい縄張りが、近隣にできているのか。それとも、烏にも飢饉のようなものがあって、今は減少傾向なのか。

いつもの散歩コースは、川や土手や斜面林や家庭菜園などがあるから、いろいろな鳥の声が楽しめる。ひばりの声を聞くと、まだ寒くても春がきたという気分になるし、先日は燕を見た。夏に向かっているのだ。

川には白鷺。瑠璃色の翡翠(これでカワセミと読むのだね)も。

家庭菜園には雉子がいた。本当に「ケンケン」と鳴くので、最初はちょっとびっくりした。雉子がケンケンと鳴くのは本などで知っていたが、あそこまで「ケンケン」(五十音の「け」と「ん」で完全に表現できる音)だとは思わなかったから。

そういえば、散歩中に烏に攻撃されたことがある。頭のすぐ上まで急降下してきて、帽子を被った私の頭を、爪でコツンとつついて行ったのだ。クチバシだったらもっと痛かったのだろうけれど、足の爪で軽くコツンと突いたらしく、痛くはなかった。

しかし、「烏に攻撃された」という事に驚いてしまって、それ以降、散歩中に烏を見かけると、目をそらし、素知らぬふりでそそくさと通り過ぎることにしている。こちらが何らかの意図を持って近くを歩いているわけではないことを、烏に理解させたい。因縁をつけないでもらいたい。繁華街で、ちょっと怖そうな人とすれ違う時の仕草だ。

烏が攻撃的になるのは、巣に卵を抱えているからだというけれど、本当だろうか。子供を守ろうとしているのなら、私は完全に無害だ。烏の卵など、食べてみたいとも思わないしね。



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ラベンダーを植える [ブログ]

皆、似たようなことを考えるものだ。

ホームセンターに花の苗を買いに行ったら、駐車場も第一は満車状態。屋外のガーデニングコーナーは、案外繁盛しているように見えた。(みんなマスクをしている。私も無論マスクをしている。マスクは本当に不足しているのだろうか。不思議になる。)

どうせ旅行や街歩きには出られないのだから、せめて花でも愛でようという、ささやかな楽しみ。その楽しみは万人共通であるらしい。そして、私の指向は、その万人の好みのど真ん中。偏差値50という感じがした。

今、草花のコーナーは、それほど充実していない気がする。冬から春のビオラなどはもうお終い。かと言って、夏のサフィニアなどはまだそれほどでもない。好きな勿忘草やノースポールも今植えるものではないらしい。

ということで、ラベンダーを買ってきた。

まだ全然花をつけていない小さな苗だが、ゴールデンウィーク明けくらいには咲き始めるのではないだろうか。(と、期待している。)

***

ガーデニングも草むしりも、体を動かさない割には結構疲れる。中腰とか、屈んだ姿勢で手だけ動かしているのが腰にくるのだ。

午前中ホームセンターで買い物。昼食後に草むしりと苗の植え付け。作業が終わったら早めのバスタイム。

結構健康的な生活をしているような気がしてきた。憎んでも余りあるコロナだが、「おうち」生活の良さを見直すきっかけにはなったかもしれない。




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草むしりでリフレッシュ [ブログ]

庭の雑草が元気である。
生えなくていいところにズンズンとはびこっていく。

本当はホームセンターで花の苗でも買ってきて、ガーデニングをしたいところなのだが、その前に、厄介な草たちを退治しなくてはならない。

どうせどこにも行けない「おうち」生活なのだからと、今日は草むしりに取り掛かった。

一番厄介だったのは「ドクダミ」。家の陰になるあたりにたくさん芽を出している。ドクダミって、地下茎で繋がっているのだ。芽だけ抜いても、どうせまた出てくる。地下の茎まで抜こうとするのだけれど、そううまくは行かない。

それから、細長い茎の先に実をつけていて、抜こうとすると「パチパチ」と弾ける音がするのもある。多分、またそのタネから増えるのだろう。たちが悪い。

置きっぱなしの植木鉢をどけたら、何かいる。
赤茶色をしたカエルだ。眠っていたのか、びくとも動かない。わざと近くの草をぶちぶちと抜くと、やっと目覚めて、のそのそと動き出した。

爬虫類と共に両生類もあまり好きでない。でも、まあ、足があるから何とかなる。近くに池があるわけでもないのに、どうやって繁殖して我が家にいるのか、ちょっと気に掛かる。

たいした庭でもないのに、1時間半やって、少しも綺麗にならない。
明日も、明後日も、やるつもり。(あまり根を詰めると腰痛になるから、少しずつね。)

農業や手芸など、生産的なことは何も出来ないけれど、草むしりならできる。地に足のついた生活をているような気がして、ちょっと気分がいい。

写真は、2016年4月20日、立川市の昭和記念公園にチューリップを見に行った時のもの。

今年は3月28日から「当面のあいだ休園」となっている。植物は、ウィルスに関係なく、花を咲かせているのだろうけれど。

この騒ぎが収まったら、こんな公園を散歩したい。

立川2016.jpeg







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映画「オリエント急行殺人事件」 [映画]


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以前、フジテレビが製作した「オリエント急行殺人事件」。録画してあったものを見た。三谷幸喜の脚本で、野村萬斎のエルキュール・ポワロ(名称は勝呂武尊)。

舞台は日本に移しているが、時代を昭和初期に設定したおかげで、公爵夫人、伯爵、退役大佐、執事、料理人、運転手、など、アガサ・クリスティ原作とほぼ同様の役柄設定が可能になっている。

なかなかよく出来ていて面白いのだけれど、カメラアングルとか、役柄の性格描写などは、やはり1973年英国のEMI製作の映画「オリエント急行殺人事件」(上の画像の作品)の影響を受けていると思わざるを得ない。

あれは、名作だった、と、私は思っている。アート系映画の好きな友人に言わせれば、有名なスターを並べた映画なんか、ふん、という感じだったけれど、私はああいう派手なものも好きだ。

1973年のは、監督はシドニー・ルメット。「12人の怒れる男」を作った監督だから、この映画にうってつけ。名探偵ポワロは、英国俳優のアルバート・フィニー。

有名な話だからネタバレしてもいいと思うけど、容疑者が全員犯人、という、ミステリーの常識を破るこの作品。ルメットは、こういう様々な階級、色々な性格の描写が上手いなあと、改めて思う。

登場人物は華やかだ。イングリッド・バーグマン、ローレン・バコール、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレイブ、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジョン・ギールグッド。

まあ、そういう名作だから、三谷幸喜もきっと大好きだったのだろうね。

ポワロの野村萬斎のオーバーな演技も、アルバート・フィニーを踏襲しているように見える。というのも、英国ドラマのポワロは、もっと地味でケレン味のない性格。実際小説のポワロも、フィニーや萬斎のほどアクが強くない。

ハパード夫人役の富司純子の演技も同様。衣装も、1973年作品のローレン・バコールの感じにそっくり。

「オリエント急行殺人事件」の映像化は何本もあるけれど、こうして新旧作品を比べてみるのは、大変楽しい。西洋ではシェイクスピアやオペラ、日本では能、歌舞伎など、伝統芸能は同じストーリーを演出や役者を替えて100年以上上演を続けているわけだが、その時代その時代でファンを獲得して人気が衰えない。クリスティ作品も、そういう「十八番」のようになって、愛され続けるのではないか。

次にポワロを演じるのは誰か。これこそベストポワロ、と言われるようなポワロがこの先出てくるのか。大変に楽しみである。

***

たった一つ、三谷作品で残念なのは、時代設定が昭和初期なのに、和服を着ている人物がメインキャストでは一人も登場しないことだ。住まいも、豪華な洋館。椅子の生活。万事西洋式の豪華な寝台特急。

床の間つきの和室や、よく手入れされた和風庭園などは、皆無。食事もナイフとフォーク。

戦前の日本の上流階級は、こんなに洋式一辺倒だったのだろうか?

確かに、現在の庭園美術館(旧朝香宮邸)などを見ると、豪華な洋風の生活こそ上流階級の証だったのかとも思えるけれど。

まあ、あのような作品に、時代のリアリティは求めないことにしよう。スターのずらりと並んだ華やかな映画。ファンタジーとして楽しめばいいのかな。





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映画「ガス燈」 [映画]


ガス燈 [DVD]










今日は1944年製作の映画「ガス燈」をAmazonプライムで鑑賞。

イタリアで出会った音楽家と結婚し、彼の希望で、長年空き家になっていたロンドンの家に住むことになった若い女性。これが最高に綺麗なイングリッド・バーグマン。

そのロンドンの家とは、彼女叔母で育ての親である有名なオペラ歌手が殺された家。

その家に住むようになってから、彼女は物忘れがひどくなり、夫からは盗癖を責められ、家庭に引きこもるようになる。

さらに、夫が夜仕事場に出かけると、屋根裏で人が歩くような音がしたり、ガス燈の火が暗くなったり、奇妙なことが起こり、彼女は自分自身が精神病なのだと信じるところまで追い詰められていく。

そんな彼女を救うのが、スコットランドヤードの(?次長と呼ばれているから相当偉いらしい)ジョセフ・コットン。

女は、彼に一つ一つ理論的に説明されて覚醒していく。

結局は、全て夫の陰謀なのだけれど、詳しくは作品を見て欲しい。

***

白黒の画面に、霧の夜のロンドン。ぼんやりとしたガス燈の中で、精神的に追い詰められていく女の描写がぴったりマッチして、バーグマンはアカデミー主演女優賞を受賞している。

だいたい、イングリッド・バーグマンという人は、割と大柄で、首や肩などもたくましく、神経質な印象は全くない女性。それに、瞳も知性を感じさせるから、それでも夫に追い詰められていく弱々しい妻に見えるのは演技力の賜物だろう。

そして、彼女を追い詰める夫のシャルル・ボワイエが、本当に冷酷そのもので、これも素晴らしい。

ボワイエの身のこなしを見ていると、古い時代の紳士はこのようだったのだろうと思える。帽子の扱い、女性のエスコートの仕方、コートの脱ぎ方など、全てが自然で優雅。

ボワイエは1899年生まれのフランス人。のちアメリカに渡った。古い映画を見る楽しみは、こういう俳優や女優を見られることだろう。



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映画「ダイヤルMを廻せ」と「ダイヤルM」 [映画]


ダイヤルMを廻せ [DVD]








ダイヤルM [DVD]







立て続けに二本の映画を見た。

一本は、アルフレッド・ヒッチコック監督の「ダイヤルMを廻せ」。
1954年の作品で、主演はグレース・ケリーとレイ・ミランド。

もう一本は、そのヒッチコック作品のリメイク版「ダイヤルM」。
1998年製作、主演はグウィネス・パルトロウとマイケル・ダグラス。

ヒッチコック版はロンドン、リメイクはニューヨークの高級住宅が舞台となっている。お金が必要な夫、財産家の妻、妻には愛人がいる。夫は妻を殺して遺産を手に入れようと殺人を依頼する。

そこで妻が殺されてしまえば、普通の推理ドラマなのだが、その殺人者が逆に抵抗する妻に殺されてしまう、というのが意外な展開。

夫は必死で証拠を隠そうとし、さらに、妻に罪を着せようとする。

ヒッチコック版は、舞台劇のような構成になっていて、ほとんど屋外のシーンが無い。推理の展開も、本格的。殺人者は鍵もないのにどうやって部屋に入ったのか、それは妻がわざと彼を呼び寄せて、正当防衛に見せかけて殺したのでは無いか、というもので、妻は逮捕され、死刑判決が出るところまで追い詰められる。

しかし、夫によるトリックだったということが発覚。妻はギリギリのタイミングで助かる。

推理小説によくあるけれど、犯人が証拠隠滅を計って色々する小細工が、結局犯罪の証拠となってしまうパターン。

グレース・ケリーは綺麗だし、レイ・ミランドは容貌からして一癖あるし、トリックもよく出来ているし。さすがヒッチコックという感じ。

リメイクの「ダイヤルM」は、それをさらに捻って、夫が殺人を依頼した者がさらに殺し屋に殺人依頼をし、妻に殺されるのは殺し屋。夫は、最初の依頼者に恐喝される、という展開。

ストーリーに破綻はないが、ヒッチコック版が「鍵」をトリックの鍵にしているのに比べると、「鍵」の印象は弱まっている。そして、夫の底知れない恐ろしさが際立つ。

両方ともたいそう優雅な暮らしぶり。ロンドンの方はリビングルームとベッドルームの2部屋だが、贅沢な調度品や夫がケンブリッジを卒業していることなど、さりげなくクラス感が盛り込まれている。

ニューヨークの方は、書斎だのクローゼットだの、玄関から奥の映像が果てしなく広い。まるで博物館で暮らしているような感じ。妻の資産は約1億ドルという実数値まで登場。

妻が夫を、夫が妻を殺す、というミステリー小説は多いが、こんな風に映像化されると、結構生々しい。財産家で、夫と不仲な妻は要注意だ。100億円の資産のある奥様は、お金の苦労をしている夫は持たない方がいいのかも。(そんなお金持ちの奥様を、私は一人も知らないけれどね。)










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国府を訪ねる旅へ [旅]

栃木県にドライブして、すっかりリフレッシュ。
また外出自粛に励むぞ、と気を引き締めたのだけれど...

Twitterを見ていたら、同じようなことを考えて週末に郊外へ出かけた人が多かったらしい。
「立ち寄った公園のトイレだって、危ないのに」という批判があった。

私は親切なドラッグストアのお手洗いをお借りしたのだけれど、そこで感染する、または、そこで私の持っている(かもしれない)ウィルスを拡散する可能性はあるので、今日は朝からすごく反省している。

注意深く生活し、家の中でできるリフレッシュを考えなくては。

...と、ネットを見ていたら、

上野国府跡について、面白い情報があった。

上野国は現在の群馬県。国府の場所については諸説あって、決定的な物はないが、その諸説の一つが、「前橋市の宮鍋神社付近」だというのだ。

宮鍋神社。みやなべ神社。

下野国庁跡に宮目神社(みやのべさま)があったことを考えると、これは有力だと思える。

この騒ぎが収まったら、群馬県にも行ってみなくては。

関連して、各地の国府跡についても調べてみたくなる。
世界各地への旅はできないが、律令時代への旅は頭の中でできるのだ...

と思って、自粛、頑張ろう。










タグ:国府 上野国
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ささやかな旅 下野国庁跡へ [旅]

東京都府中市は、律令で定めた武蔵国の「国府」のあったところ。それは前から知っていたけれど、昨年広島を訪れた時、「府中」という高速のインターがあって、ここにも府中が、と面白く思った。

それで調べてみると、「府中」「国府」「府」のつく地名は結構ある。近県では千葉県の国府台、神奈川県の国府津。山口県の防府や、山梨県の甲府、その他色々でてくる。

それで、急に思い立って、飲み物と食べ物を持って、「ひとりドライブ」に出てみた。
行き先は「下野国庁跡」。栃木県の国府のあった場所。

下野国庁跡は、栃木県栃木市の広々とした田園風景の中にある。位置は宇都宮の南西。

広場にこういう建物が立っていた。
奈良朝風だが、機能的にはおやすみ処、という感じ。正しく南向きである。

下野1.jpeg

その建物から見た、南方向。
ひたすら広々とした風景。

下野2.jpeg

昨年の春、九州太宰府の政庁跡に行ったことを思い出した。あそこも、北側は山。南は広々と開けた地形の場所にあった。ここは、すぐ北に山があるわけではないが、下野国の地形としては、北は那須や日光の山が連なっている。

建物の北側に、宮目神社という小さなお社がある。「みやのべさま」と呼ばれるらしい。みやのべは「宮の辺」なのかな。桜が咲いていた。

下野3.jpeg

付近は、田んぼばかりだが、「国府町」「惣社町」など、それらしき地名がたくさんあった。

さらに、看板で見た限りだが、「◯塚」という姓が目についた。古墳などが近くにあるのかもしれない。

というわけで、私以外誰もいない、という観光。
外出自粛の時代のささやかな旅を楽しんだ。

***

途中立ち寄ったのは、ウェットティッシュを買ったドラッグストアと、飲み物を補給したコンビニ。ドラッグストアの店員さんは、除菌機能のあるウェットティッシュは売り切れだけれど、普通のなら一つだけあります、と、教えてくれた。車内で飲食するのにお手拭きを忘れたから、助かった。









タグ:下野国 国府
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